「官/臣」→「かみ/しも」

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2000-04-22(土):公開


02701/02702 GGB03124 熊谷秀武 「官/臣」→「かみ/しも」 ( 2) 99/09/19 22:40  古語辞典を見ていて思ったのですが、「かみ/しも」の語源は「官/臣」 ではないでしょうか?。古語辞典でその周辺をみると、  「かみ」のもう一つの語である「紙」には《「簡」の字音 kan に i を添 えた kani の転という》とある。  「きぬ」(絹、衣)にも『キヌは「絹」の字音 ken の転じたものであろ う』とある。  絹と言うのは弥生期に入って来た文明的な物質であり、それをもたらした 人々の使っていた言語での名称である可能性が高い。 『邪馬台国物産帳』 p.12 には、次のようにあります。      カイコの品種には三眠のものと、四眠のものとがある(※)。・・ 大陸で調べると、中国の華中が四眠、朝鮮半島では三眠という分布 をしている。・・(布目順郎さんが)実際に、測定してみると、弥 生時代前期から中期前半までの遺跡(福岡県の有田、吉武高木、比 恵遺跡、甘木市の栗山遺跡)から出土した絹は、すべて四眠蚕のも のと判定された。これらの繊維を生産したカイコは中国の華中地方 からもたらされたのもである可能性が高い。     ※ 脱皮の回数が違う、糸の太さが違う、偏平率が違う、といった 違いがあるらしい。 中国からもたらされたという結論は上の「絹」の語源説とも適合します。さ らに、 ここで、弥生時代から古墳時代前期までの絹を出土した遺跡の分 布図を見てみよう、邪馬台国があった弥生時代後期までの絹は、す べて九州の遺跡からの出土である。近畿地方をはじめとした本州で 絹が認められるのは、古墳時代に入ってからのこどだ。 ほぼ同時代に日本に入ったとみられる稲作文化が、あっという間 に東北地方の最北端まで広がったのとは、あまりの違いである。・・ 「中国がそうしたように、養蚕は九州の門外不出の技術だった・・ のではないか」 とあります。従って、九州で養蚕を行った勢力ははじめから組織的な統制を もった勢力であり、その統制を長期間維持していたと考えられます。当然、 彼らは組織的統制に関する言葉も持っていたはずです。  魏志倭人伝には「大官をヒナモリといい・・」とあるので、上位者の立場 は「官」の性格を有すると観察されたようです。「臣」というのは、家臣の 自称としても使われています。  そこで、時代を遡って、弥生初期に絹をもたらした中国人たちの会話を見 聞きした日本語のネーティブスピーカは、「官(カン)」が上(組織的上位 者)で、「臣(シン)」が下であると理解したことでしょう。これは元の日 本語にあったウエ・シタと似ているがちょっと違うな、と考えたことでしょ う。そこで、カン・シンをカミ・シモと言うようになったのではないでしょ うか?。   熊 谷 秀 武 http:://member.nifty.ne.jp/take_tk
03178/03178 GGB03124 熊谷秀武 RE^2:「官/臣」→「かみ/しも」 ( 2) 00/04/22 17:30 03174へのコメント しげちゃんさん 始めまして レスありがとうございました たけ(tk)です。 》・ お話にあった絹をもたらした中国人たちは、「官(=お役人)」だったのか。 》・ 自らを「臣」と呼ぶ、また他者から「臣」と呼ばれているような人は、 》  その人自身「官」だったのではなかろうか。  たけ(tk)が想定していた場面というのは、組織的にやってきた中国の人々 が会話しており、それを縄文系の人々が聞いていた、という場面です。縄系 文の人々が彼らの会話をどのように理解し、縄文語に借用したか、を問題と しています。  「官(kuan kuan)」という言葉は漢和辞典で見れば分かるとおり、 役所 という意味で広く使われています。「官物(官の物)」「官田(官の田)」 「官命(官の命令)」などなどです。(p.351『学研・漢和大字典』)。  したがって、会話の中でも「これは官(kuan)の物だから勝手に使ってはい けない」とか「官の命令だから従え」とかいう形で頻繁に使われたと思われ ます。現代でいえば「官」を「会社」に置き換えてみれば分かりやすいと思 います。  それに対して「臣(ghien zIen)」といのは、「臣下が君主に対してへり くだっていいう自称」(p.1073)とあります。  とすると、会話の中で「官(kuen)云々」に対して「ははー、臣(ghien) が悪うございました」とかいう対応になったでしょう。  このような会話を聞いた縄文系の人々は組織体(官)という抽象的な観念 は持っていなかったでしょうから、kuan=上位の人、ghien=下位の人、 と いう理解をしたと思います。  語の借用にあたっては、 古い日本語には濁音で始まる言葉はなったので 「ghi」は「し」として発音され、また語尾の 「N」を適切に発音できる音 もなかったので、「な行」か「ま行」の適当な音に変化したと思われます。  * ちなみに、「きみ」も「君(kIu∂n kIu∂n)」p.217、や「との」も 「殿(duen den)」p.696 との対応があります。  そこで、ご質問の「絹をもたらした中国人たちは、「官(=お役人)」だ ったのか」について言えば、「官」を中国皇帝や中国の王様の役人と見るな ら「否」でしょう。彼らはいわば亡命人、移住民ですから中国本土とは縁が 切れていたと思います。しかし、「官」を一般的に役人、役所の意味で捉え るなら、日本列島で組織的に活動している以上は「官」であると言えます。  「自らを「臣」と呼ぶ、また他者から「臣」と呼ばれているような人は、 その人自身「官」だったのではなかろうか」については、「かみ」「しも」 は相対的なものですから、YESでしょう。さっきまでは「しも」として上 役に謝っていた人が、今度は下の人に対して「かみ」として振る舞うことは 当然ありえます。  −− 》・ 神〔かみ〕さま、という言葉は、絹をもたらした中国人が来る前は 》  なかったのだろうか。(それともこれはまた別の語源か)  これに関しては、別語源説を採っています。  神様のほうは縄文語=アイヌ語のカムイであると思っています。アイヌ語 ではカムイ(kamui)は「ka=上」「mu=ふさがる」「i=名詞化語尾」にま で分解でき、「kamu=覆う、かぶさる」ように迫ってくる霊的な「i=もの」 となるようです。(『日本語とアイヌ語、初版』片山龍峯、すずさわ書店、 p.70)。  上古日本語の八母音で分類すると「かみ」の「み」は乙類であり「ui」の 変化と見ることができる。  それに対して、「お上」の「かみ」の「み」は甲類です。  −− 》おもしろいですよね(^_^)  ですね。(^^)v たけ(tk)=熊谷 秀武 http://member.nifty.ne.jp/take_tk ---- 2004-04-27(火) 君臣のような気もしてきた…。 同一の語源の外国語の単語が別の日本語になることはよくあることだ。 card → カルタ、カルテ、カード。 truck → トロッコ、トラック。 machine → ミシン、マシン。 receipt → レシピ(料理)、レシート(領収証)、レセプト(治療報酬明細書)。 Hepburn → ヘボン(James Curtis Hepburn)、ヘップバーン(Audrey Hepburn) 君 → かみ、きみ。

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